キショイ野郎と呼ばないで。
イヤァオ!( ゚∀゚)ノ
「ねぇどう思う?」って聞いてきたのに
意見を言うと「それは違うんだよ」っていうヤツなんなの
聞いてきたのオマイやろが ジンです(=゚ω゚)ノ ドーモ

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さて、
早起きして早朝から車に乗り込みました。
やってきたのは広島県山県郡。
2時間ほど走ってますが、まだ広島県。
南東の端の福山から北西の端の北広島町へやって来ました。

遠くに見える山頂にはまだ残雪が。
最近こんなに暖かいのに・・・
浜田道大朝インターで降りました
もう地元では桜がほぼ満開だというのに
この辺りは1輪も咲いていない木がほとんど。

ここは親父の生まれ故郷。
生前、亡くなったら神社の宮司に渡して欲しいと頼まれていた品を
渡しにやってきました。
親父の生家は神社のたもとにあり、
祖父の代まで宮司に神社の管理を任されていたそうで
神社で使ってほしいという茶器などを
オレが預かっていたんです。
ここは家があった場所。
25年前まで爺さんが住んでいた茅葺の家だった。
誰も住まなくなると一気に劣化し、10年ほど前に崩れ
ほぼ土に還ってしまった。
一切撤去していないんだよ。
ガラスなどない家だったので。

昔、爺さんが生きている頃、
大学の教授が訪ねてきて
「かなり古そうな家なので、改築しても替えることのない大黒柱の一部を
削って持ち帰らせて調べさせて欲しい」とお願いされたそうだ。
調査結果は・・・
「安土桃山時代よりは確実に以前の物だが、それ以上は特定できない」
らしい。
恐ろしく昔からこの場所にあったんだろう。
風呂と蔵があった小屋は
かろうじて形をとどめていたが、
今にも崩れそうだった。
10年ほど前に母屋が崩れそうなときにオレが入って
蓄音機とか金目の物は持って出た。
ヤフオクで3万円で売ったけどwww

爺さんがかなり山奥の泉からホースを引き
生活用水としていた水場には
今も水が流れ続けていた。
当然、水道、ガスはここには無い。

オレが生まれて小学生の低学年までの数年間は
毎年夏休みにここに遊びに来ていた。
風呂や便所が完全に屋外の小屋なので
夜はメッチャ怖かった。
親父が家を出て行き、オレはここに来ることが無くなった。
そりゃ、別れた旦那の実家にオカンは連れて行ってくれんわな(笑
自動車免許を取って最初に目指したのはここだった。
住所は知らなかったが子供の頃の記憶を頼りに走ったら
迷わず着いた。
もちろんナビも携帯も無い頃の話だ。
婆さんは10年ぶりに再会する孫に喜んで
15年ぶりに作ったというカレーを出してくれた。
加減が分からずシャバシャバのカレーで
とろみを出そうと、片栗粉を水に溶かずそのまま入れたらしく
カレーからブヨブヨの片栗の塊が出てきた。
爺さんは医者に酒を止められていると言いながら
婆さんの目を盗んでコーヒーにコッソリ焼酎を混ぜて飲んでいた。
結果その数年後に肝硬変で他界するんだが。
家の前の川は当時より少し整備されたものの
変わらなく見えた。

40年前はブロック積ではなく草の生えた土手だったし、
道も舗装されてない砂利だったな。
ここでドジョウを沢山捕まえた。
大きなアミを持って川の中を歩けば
ハヤがいくらでもアミに入ってきた。
それを婆さんが唐揚げにしてくれた。

オオサンショウウオもいる綺麗な水は今も変わらなかった。
なんかね、なんて言ったらいいんかな?
匂いを覚えてるんよ。
山の匂い、川の匂い。
気取った言い方かも知れないけど
目を閉じて匂いを嗅ぐと
40年前の景色が広がるの。マジで。
楽しかった子供の頃。
ここに来ればカブトムシもクワガタも採り放題。
夜に勝手に家の灯りに飛んでくる。
ハヤもヤマメもドジョウもサンショウウオも
川を覗けばいくらでもいた。
早朝から夕暮れまで
山と川を走り回ってた。
今と違って子供が川で一人で遊んでいても
あまり心配などされない時代だったな。
一度、かなり上流まで登り急流で流されたことあったけど(笑
さて、あまりノスタルジックに浸ってる時間も無いので
宮司さんのお宅に向かった。
親父との約束の物も無事渡し、
93歳を迎えられる宮司さんとしばし茶菓子をいただきながら
昔話をした。
15年前、オレが大手術をした時に
親父がここに来たらしい。
家の上にある八栄神社に手術が成功するようにと
お参りに来たんだと、宮司の奥さんに話したそうだ。
知らなかった。
手術をすることは電話で話した気がする。
だけど親父は見舞いに来るわけでもなく、
ましてや神社に祈願に行ったなど
そんなコトをする人間じゃないと思っていた・・・
宮司さんのお宅を後にして
神社に戻ってみた。

この急階段を登る気はしないw
横から登る坂道があるのだ。
入口の横にあった、
昔、牛小屋があった家も
跡形もなくなっていた。

階段じゃないにしても
この坂道はキツい・・・

ゼーゼー言って登って来たw
この境内でも誰も居ないのに
一人で遊んでた気がする。
オレには妹がいたが、
その頃はまだ小さく
一緒に遊べる年齢じゃなかったからな。

昔はここで神楽が行われていて、
沢山の人が集まってた覚えがある。
広島県の県北と島根にわたる地域は神楽が盛んでね。
今は下の公民館で行われているらしい。

これは昭和38年に県の天然記念物に指定された大ヒノキ。
30年前の看板によると幹の周りが5.5mだったらしいから
今はもう少し大きいのかもしれない。

もう1本少し小さいヒノキもある。
小さいと言ってもこれも巨木だ。

今は近寄れないように柵があるが、
昔は無く、コブのような根元に登り腰かけて
眼前の風景を見下ろしていた。
気持ち悪いかもれないが
オレはここに来るとこの2本に話しかける。
根元を触りながら話しかけたらいいよと、
爺さんに教えられて
無垢で純粋だったオレは素直に話しかけていた。
これがこの場所に来た時のルーティンで
ずっとそうしてきた。
誰か人がいたらキショイ人だと思われるだろうけど
幸いこんな場所に誰も来ないので
堂々と話しかけるw
「オレももう45だよ」と
クッソ長生きしたとしても、もう半分だ。
もしかしたら手術がうまくいったのも
親父が報告しに来てくれたからかもなの知れないし。
今まで割と運よく生きているのも
小さな頃から見守っていてくれたのかも知れない。
ロマンチストでは決してないが、
何百年も生えてるのに今だ青々と葉を茂らせている
この大ヒノキを見上げると
隆々とした生命力を感じずにはいられない。

最後に「ありがとう」と話しかけ
階段を下りることにした。
ここまで書いてて我ながらほんまキショイ(笑
許してくれ。
子供の時からずっとやってた習慣だ。
しかしこの急こう配
降りるだけでもヒザが痛いw
転げ落ちたら男女が入れ替わるどころじゃなく
即死してしまいそうだ。(参考:映画「転校生」)

さて、お昼になったので
車で25分ほど離れた豊平町へやってきた
ここが豊平のメインストリートでございますwww

やってきたのは
道の駅「豊平どんぐり村」

上には「そば道場」があるけど
入門しに来たわけではないので

やはり「むさし」でしょう!

広島市内には何店舗もある「むさし」
マツダスタジアムに行ったときも必ず「むすび」を買うくらい
家族全員「むさし好き」
広島県民なら
「むさし!土橋店!いろりや!」と言えば
「♪TSS 味なプレゼン~ト♪」と歌いだすこと間違いなし。
ここ土橋店じゃないけど(笑
「俵むすび」は家族のお土産に10個買って
オレの昼ごはんは「山賊むすび」

ただのむすびなのに
何でこんなに美味いのか不思議なくらい美味い。
お米が少し茶色くなってるから
出汁で炊いてるのかな?
病みつきになるほど美味い。
なんか怪しいモン混ぜてんのか?と疑いたくなるほど美味い。
オレのむすび史上断トツに美味い。
とにかく美味い。
満足したので一気に福山まで帰ります。
なんてったって3月は決算月で年度末
会社に山ほど仕事残ってます。
土日はバイクミーティングなので
なんとかしなきゃ・・・
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この記事へのコメント
>RYOチャン
あれね、明日の予約投稿なのに
間違って上げたからすぐに訂正したのw
でもブログ村の新着からは消えないんだよね^^;
そう、「豊平に来てるよー」って連絡しようと思ったケド
「だから何?」ってなりそうだったからやめといたw
なにかお土産になりそうな物があったら送ろうと思ったんだけど
これといって名産がなく・・・(笑
どこの道の駅でもありそうな物ばかりで・・・
山賊ってお店の山賊むすびじゃなく「むさし」のが美味しいんだよ。
さすがにおむすびを送るワケにもいかず、
また何かあったら送るね^^
あれね、明日の予約投稿なのに
間違って上げたからすぐに訂正したのw
でもブログ村の新着からは消えないんだよね^^;
そう、「豊平に来てるよー」って連絡しようと思ったケド
「だから何?」ってなりそうだったからやめといたw
なにかお土産になりそうな物があったら送ろうと思ったんだけど
これといって名産がなく・・・(笑
どこの道の駅でもありそうな物ばかりで・・・
山賊ってお店の山賊むすびじゃなく「むさし」のが美味しいんだよ。
さすがにおむすびを送るワケにもいかず、
また何かあったら送るね^^
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URL :

- RYO - 2018年03月31日 00:52:15
仕事のふりしてが消えた〜w
そんな事よりおかんの家から近いどんぐり村行ったんだね
山賊おにぎり食べた事あるけど、そこのおにぎりが特別美味しいの?
そんなに美味しいならいつか食べてみよう